ジョン・ストックトン(John Stockton)
19年間ユタ・ジャズでプレイ
背番号12(永久欠番)
1984年のドラフト16位
歴代最多のアシスト記録
プロ入り前は、ほとんど無名で、デビューして3シーズンは控えとしての出場でした
先発に定着したのは4年目で、すでにアシスト数は平均13.8本でリーグトップ
同じポイントガードというポジションで有名な2人がこう言っています
マジック・ジョンソン
「尊敬に値する人物」
ゲイリー・ペイトン
「唯一目標にするプレイヤーだ」
1980年代後半以降は
ストックトンのパスからマローンが得点するというパターンで
ストックトンは毎年のようにリーグ最多のアシスト数を記録
マローンは毎年30点前後の平均得点を上げています。
ストックトンにとって、マローンは相棒のような存在でした
マローンは
「僕達は目をつぶっていても、お互いがコートのどこにいるか分かる」
と語るほどです
事実、この2人を中核としたユタ・ジャズの体制は16年間続いています
これは、プロスポーツのチームとしては非常に長い期間になります
ストックトンのプレイスタイルは、
冷静なゲームメイクと精度の高いシュートを持ち合わせた正統派ポイントガードです
コート全体を把握できる広い視野と正確なパス
リーグ屈指のクラッチ・シューターでもありました
特にすごいのが、
19年ある現役時代での故障が極端に少ないということ
19年のうち17年は1試合も欠場することがありませんでした。
609試合連続先発出場というNBA記録を保持していて、相棒のマローンも怪我に強かったため、
ユタ・ジャズのファンは
「太陽が昇らない日があっても、ストックトンとマローンが試合に出ない日はない」
と言っていたほどです
ただ1992年のバルセロナ五輪の際には、足を骨折していて4試合しか出場していません
通算アシスト数15,806、通算スティール数3,265は、共に歴代1位
1992年バルセロナオリンピックで金メダルを獲得
1996年アトランタオリンピックで金メダルを獲得
ドリームチームと呼ばれた米国男子代表に選ばれます
共に背番号は12番
2003年5月2日に引退を表明
バスケ経験者の私でも目から鱗だった“バスケ上達法”はこちら

