マイケル・ジョーダン

2011年09月30日

マイケル・ジョーダン

バスケ経験者の私でも目から鱗だった“バスケ上達法”はこちらぴかぴか(新しい)

マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)
バスケットをしてる人なら誰でも知っているバスケの神様です。

15年間に渡る選手生活で得点王10回、年間最多得点11回、平均得点は30.12点でNBA歴代1ぴかぴか(新しい)

シカゴ・ブルズで6度の優勝exclamation×2
5度の年間MVP6度のNBAファイナルMVP受賞exclamation×2

アメリカ代表の一員として二度にわたり金メダルを獲得exclamation×2

など輝かしい経歴をもっています。


初期のジョーダンは、長い滞空時間の豪快なダンクとダブルクラッチなど他の選手が決して真似できないようなプレイでした。
ダンクをする時に、舌を出すのがトレードマークです。

後期にはゴール方向より後方にジャンプしてディフェンスから遠ざかりつつシュートを放つフェイドアウェイを武器とするプレイが多くなります。
プレイスタイルに変化はあったものの、選手生活を通じて得点能力の高さは維持されていました。


入団当初のシカゴ・ブルズは、強豪とはほど遠くジョーダンのワンマンチームでした
先輩選手たちには生意気な新人と見られることがあり、新人でオールスターに出場しましたが
味方選手からパスを回してもらえない「フリーズ・アウト」という仕打ちを受けています。

4年目と5年目には、フリーズ・アウトの首謀者と言われたアイザイア・トーマス率いるデトロイト・ピストンズにジョーダン・ルールと呼ばれる方法でオフェンスを封じられ、プレーオフを敗退しています。

ジョーダンにも、こういった苦労した時期があるのです。


ジョーダンの名言
『失敗をすることは耐えられるが、挑戦しないでいることは耐えられないんだ。』

『私は人生で何度も失敗してきた。だから成功するんだ。』


有名なプレーとしては、
1986年のプレーオフ、当時史上最強と言われたボストン・セルティックスと対戦したイースタン・カンファレンス第1回戦2試合目で、プレーオフ記録となる63得点を上げた。
試合後、ラリー・バードは「あれはマイケル・ジョーダンの姿をした神だ」とコメントしています。


またスラムダンクの流川のみたいですが
1991年のデンバー・ナゲッツ戦、ジョーダンは当時ルーキーだったディケンベ・ムトンボに向かって「これがNBAだ」と語りかけ、目を閉じたままフリースロー。を決めました。グッド(上向き矢印)


バスケ経験者の私でも目から鱗だった“バスケ上達法”はこちらぴかぴか(新しい)





posted by バスケットボールひろ at 19:56| Comment(0) | NBA選手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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